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家族をもつということ

自分ではじめたブログを通じて、ほかの方のいろいろなブログを拝見する
機会に恵まれました。

PCという無機質ではあるけれど、記事を書いている人の背景には
確実に、その人の暮らしがあり、思いがあり、悩みや 不安
いろいろな葛藤があったりするのでしょう。

そういうものさえもユーモアで表現してくださったり
あえて書かれない方もいらっしゃるでしょう。


家族は

生まれ育った家族と、自分で選んで作り上げていく家族の2つ。

前者は自分の意思ではどうにもならない

幸せにおもう愛情溢れる家族に恵まれていらっしゃる方
またそうでない方、

与えられた家族関係に悩む人、自分でつくった家族関係に苦労している人

そんな中でも精一杯人生を生きている人
一人として同じ人生はありませんね。


いろいろなブログを読むにつけ感じるものがあります。

私はとても自分の家族を恥じていて
子供の頃は、ひたかくしにして
成人しても、あまり友人たちに話すこともしたくなく
最初の結婚相手にも詳しく話しませんでした。


子供のころから、いつも親から相談され
私が考え、子供の頃から親の仕事のレポートも書いていました。
理由は、やりたくないから、、、だと言われました。

親のやりたくないことは、子供の役割なのだと
私はずっとおもっていました。

毎日、両親の仕事のことを聞かされ、それは不満や不平であることが多く
自分に、自分のことを話す機会はあまりなかったようにおもいます。

両親としては、自分達のことで手一杯だったのでしょう。
でも仕事がうまくいかないと、八つ当たりされるのが
とても恐くて、自分の運命(大げさだと今はおもうけれど)

その日を
うまく過ごせるかは親の機嫌によって左右されていたことが
子供にとっては悲しいことだったなぁとおもうのです。


子供がよく虐待されるニュースがでますが
親は、子供をつくって親になるんじゃない

神様から、この子を与えられ この子が社会に巣立つまで

預かって育てる役割を与えられた人が

育て上げて親になるということができ

自らもその役割を通して成長していけるような人生を
与えられているのだと私はおもうのです。


大人になって、やっと故郷を離れても
その関係は切ることはできません。

何かあるたび、電話してきて
話してすっきりして電話を切れる母
自分のことは何1つはなさず
ひたすら聞き役の私。

それをずっと演じてきました。

いつも、どうしたらいいの?て子供の頃から聞かれていた。
私は長女だからその役目があると言われ
なんでも、長女だからやるべきだと言われた。

いまは、長女なのに離れたところにいる
と責められてはいるけれど

離れていることができている状況に感謝している。

でも、私がある決心をして

それが家族の気に入らないことであるときは
総勢で妹達や母からメールや電話攻撃がくる。


それがまた再びくるかもしれない。

自分の人生は、なにがあっても
誰に祝福されなくても、それでも自分で決めるもの。

誰かのためとか、犠牲とか感じながら
自分の人生を決めてはいけない。


起っている事は、すべてあるがまま
そうあることを受け入れ

自分がどうしたいのか、主の導きに従っていることか
私はそれを基準としたい。

私は聖人でもないし、ただの罪人です。

 「主の祈り」 をいつも教会でいつも唱えますが 

これを 通して

自分達に罪を犯すものを私たちが赦すように
私たちの罪も赦してください

と願います。


自分達には、右か左か。。
どちらかを選択しつづけて生きていくしかないです。

どれが正しいほうなのかはわかりません。
与えられているのは選択する自由だけです。

そして、運命も自分で決めていくしかないです。

相方との結婚は私の家族には認められないでしょう。

まして、いっぱいになった不満を吐き出したい母には
私の願いは届かないかもしれません。

それでも、自分の人生を生きてほしいと言ってくれる相方
そして、理解してくれる相方の家族に感謝しています。


明日はどうなるかわからない。
愛する人をなくすかもしれない
自分がいなくなるかもしれない

だからこそ

精一杯愛したいし
それをやめることはできない。

Ⅰ日でも相方とながく過ごしたいと願い
ただ、ただ、周囲のしあわせを祈ることしかできないけれど

それで不十分だと言われても
自分の中の最善を尽くすことを
良しとして

忍耐強く、寛容で 妬まず、 ただただ 愛すること

そして強くありたい。

愛する人を守ため、 非難をあびることも恐れずにいよう。

誰も私を傷つけることはできないと信じていよう。


最初から神様は私たちに益は与えられない。

でも

神を愛する人に
どんな困難なことがあったとしても、万事を益としてくださる。

すべてが最初から益ではなく、益としてくださるということ。

どんなに 神様を信じてもこの世の悲しみや
苦しみはなくならない。

「私はあなたを見放さない、見捨てない」 

といわれた主は 私の人生を楽にしようとはおっしゃらない。

けれども

すべてのことを益としてくださるということと、

そしてこの私たちを決して見放さない、見捨てない という言葉は

今も将来も、希望を与えてくださる約束であると信じています。


恐れから逃げずに。

恐れ以上に大切なものを守るため 前に進む強さをくださいと願っています

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| | 2010/03/10 (Wed) 01:32 [編集]


非表示さんへ

コメントありがとうございます。

すこし愚痴っぽくなってしまいましたが

書いたら、気分が落ち着けましたので
ブログを持っていることは、ありがたいことです。v-410

読んでくださる方にはご迷惑かもしれませんが(苦笑)

完璧な人間、完璧な親はいないわけで
親子が完全に逆転するってのも困ったものですが
うまく、神様がとりなしてくださるでしょうv-353

またいつでもご連絡くださいね。

☆meimei ♪ | URL | 2010/03/10 (Wed) 11:03 [編集]


 
 

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